がんになって、変わったこと

がんの免疫療法でノーベル賞受賞の本庶佑京大特別教授の講演会にて思うこと

朝日新聞は購読していないし、ときどきウェブ版で記事数限定のモードで読ませていただく程度なのですが、そんな私にも講演会情報がメールで送られてきました。朝日賞創設90周年記念講演会で、がんの免疫療法の発見でノーベル医学生理学賞を受賞した本庶佑先生が登壇されると。

 

今の私は、がんというキーワードには敏感に反応するので(笑)、抽選で600名とのことだけど、土曜日の午後だし、申し込んでみたら見事当選案内のメールが。ということで、本庶先生のお話を生で聞いてまいりました。

 

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会場の有楽町朝日ホールは有楽町ルミネの中にあって超便利ね。開始10分前に入ったけど、さすがにほぼ満席。それでも前のほうの席がちらほら空いていたので、私は高校生らしき少年2人組の隣に座った。そうか今日は高校生も来るような会なのか!とびっくり。そして彼らが非常に熱心にメモを取りながら聞いていることにもびっくり。歳の頃はうちの長男と変わらないのに、かたやサッカー部員、かたや京大・ノーベル賞に興味があるとは…。子供も興味がいろいろだなぁ、とまずそんなことを思ってしまう。

 

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  本編に先立ち、主催の朝日新聞社社長から、朝日賞についての紹介があった。なんとこれまで過去に26名の朝日賞受賞者がいるそうだが、そのうち16名がその何年も後にノーベル賞を受賞していると言うからすごい!もちろん本庶先生もその1人。すごいのは朝日賞が受賞されてから10年後20年後とかにノーベル賞を取ると言うこと。科学の世界、研究の世界は本当に長丁場なのだなぁと。

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そしていよいよ本編、本庶先生の講演だ。背筋がしゃんとしてクールな印象の先生。ほとんど前置きなし、時候の挨拶などなしの、いきなりとも思える講演のスタートに少々びっくりしたけれど(笑) そういえば以前、理系の男友達が言っていた。理系の人ってメールを書くにしても用件だけを淡々と伝える方が得意で、前置きとかクッション言葉とかを書くのが苦手なんだよね~、と言っていたことを思い出した。まさに本庶先生の講演スタイルはそういう感じで、無駄を省いたクールでシャープな話しぶり。それがとても素敵で、私は特に周りに文系の友達が多いし、こういう理系の講演を聞く機会も少ないので、なんというか新鮮で!そんな本庶先生に心底しびれました♪

 

さて印象はさておき、講演本編の内容は、おもに免疫療法がどのようにして見つかり、それから20数年を経てようやく実用化に至った経緯、そしてそのメカニズムを、専門的な内容を含めて詳しく話してくださった。化学式みたいなスライドもいくつも出てきて、その辺のことがちょっとわかりにくかったけれども、私が理解できた部分について、とても大事な話だったからここにシェアいたします。

 

◆がん細胞と言うものは、あまりに変異が多くて、とにかく絶え間なく変異している。

◆だから抗がん剤を使っても、そのうち抗がん剤に抵抗する性質に変異する。だからその抗がん剤は効かなくなる。そしてまた違う抗がん剤を使ってもやはりそれに対応する形でがん細胞が変異して、また効かなくなる。

◆免疫療法の特徴として、

・1つ目:正常細胞が影響を受けないので、副作用が少ないと言うメリットがある。

・2つ目:いろんな種類のがんに聞く。というのは、抗がん剤と言うのは、がんの発生場所によってかなり細かくいろいろな種類のものがあり、各種がんに共通すると言うものは少ない?んだそうだ。

・3つ目:免疫療法は効く人と効かない人がいる。その理由としては、免疫力には個人差が大きいから。たとえば風邪をひいてもすぐに治る人と重症化する人がいるのと同じように、がんに対する免疫力も人によって違うと言うこと。

・4つ目:免疫療法が効くがんは、がん細胞の変異が高頻度なものである。

ここちょっと難しかったんだけど、がんによって、変異が多いものと少ないものがあるんだそうです。多いものを、高頻度と言うようです。たとえばメラノーマ(皮膚がん)は高頻度なので効くとか。

・5つ目:抗がん剤は投与をやめると再びがんが大きくなるが、免疫療法はやめてもがんが大きくならないことがわかっている。→これすごいことですよね!!

 

※1つショッキングだったのは、がんの外科手術ではよくリンパ節を切除する(リンパ廓清)けれども、リンパ節を取りすぎると免疫療法がその後効かなくなるということがわかっているようです。本庶先生が外科の先生に何回そのことを言っても聞いてくれないんだよ~と嘆いていました(笑)。

 

◆本庶先生が考える「がん治療の未来」とは、

今以上に多くの種類のがんが免疫療法の対象になる。がんは完治を目指すというより、免疫療法をうまく使って共存していく病気になっていくだろう…とのこと。

後は、オプジーボなどの「免疫チェックポイント阻害薬」(いわゆる免疫療法で使う薬)が2024年には年間で4.5兆円規模の市場があると言うこと。→すごい金額ですね…確かにがんは2人に1人がなる時代だし、それに対する治療薬として免疫療法が発展するのは良いことで、それに対してお金を使う人が増える…と言う構造はよく理解できます。

 

◆わたしが印象的だった話

・これまではがんの研究は「発がん」の研究、つまりどうしてがんが発生するかということに対して集中していて、がんの「治療」と言うことに対してはおろそかだった、と言うこと。

・日本で見つかった免疫療法なのに、日本以外で使われている現状がある。(治験数がアメリカは日本の10倍、中国すら日本より治験数が多い)

・若手研究者の減少が止まらない。基礎研究に対する資金的な援助が日本はとても少ないから、研究者のなり手がないのだ…。

・教授という仕事は、上司もいない、忖度する相手もいない(ここで会場笑い♪)、自分で好きなことができるという点がとても良いけれど、貧しい。

→それに対し、本庶佑有志基金 http://www.kikin.kyoto-u.ac.jp/contribution/nobel/ を京大内に創設し、寄付を募っているとのことでした。

ここまでが本庶先生の基調講演。約40分強のお話だったけれども、浮ついた感じが全くなく、本当に、the研究者!と言う風情で、表情も変えない無駄のない語りが心地よく聞こえたりもしました。

 

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そして後半はパネルディスカッション。

パネリストは以下の3名と、本庶先生。

・もともとNTTで物理学を研究していた山口栄一さん(京大教授)

・経済学者の上山隆大さん(内閣府総合科学技術・イノベーション会議常勤議員)

・32歳の若手にして、東京医科歯科大学アメリカ・シンシナティ小児病院で教授を務める武部 貴則さん

 

この4人で、主に研究者についての日米の差…特に経済的な面や研究の自由度などの違いについて意見を交わしました。今はこの科学の研究分野において、日本は本当に危機的な状況だそうで、科学分野での実績を表す目安になるという「論文の数」は今、中国が非常に伸びていてアメリカをそのうち上回ると予測され、今後は中国が科学大国になるだろうとおっしゃっていました。

 

日本は大企業が基礎研究から撤退した96年以降、特に物理の分野での学生が激減しているとのこと。企業の研究所に就職すれば、給料をもらいながら研究ができたけれども、今そういう就職の口も少なくなったから、とにかく研究者は貧しいと言うイメージで、学生も来ないと言うことらしいです…。良くないね、この流れ…。

 

アメリカでは今、物理分野からライフサイエンスの分野に研究目的が完全にシフトしていて、それと言うのは、この分野が大きなお金を生むからだそうです。さすがアメリカな発想だなぁと。アメリカでは例えば、UBERが40,000,000円の基礎研究費用を計上し研究をしているとか。畑違いのベンチャー企業が大金を使って研究に当てていると言うこの状況は、ほかでもない将来の収入を見込んでのことのようです。なるほどですね。お金を生む分野に投資する。確かにそれがお金の正しい使い方ですよね。

 

ところが日本の場合は企業の内部留保でお金を貯めこみ、研究費としてお金を使おうとしない。それは本当にもったいないし、だからどんどん外国に負けていくと言う話でした。研究の世界は成果が出るまでに長い年月がかかるし、それが実用化されるかどうかの確実さもない、いわば、どれだけリスクを取れるかどうか…ということが決め手となるようです。だから若手研究者たちがリスクを取れるようにするには、制度的にどうするのが良いかを国としても考えなければならないと言う事だそうです。

 

この話の流れで1つ面白かったのは、シンシナティでの経験を披露してくださった若手の武部先生の話。アメリカでは、研究費を集めるために、研究者と一般の人たちとの接点をもっと密にして、両者がコミニュケーションを図ることが大事!と言うことでした。つまり研究の意義を研究者が積極的に一般に向けて語ることで、出資者の共感を得る=研究費が集まる…。その流れこそが非常に意味があると。シンシナティでは、富裕層の人たちと科学者がディナーをして語り合い、そこでお金を集めるということを実際にしているそうです。

 

このことは非常に納得しましたね。日頃、普通に生活している私たちにとって、日本の研究費がそんなに少ないこととか、日本がその分野で立ち遅れているとか、研究にどれだけのお金がかかるのかとか全く意識することもないし聞く機会もないし、正直全然気にしていません。でも研究成果は最終的には自分たちの病気の治療といったところに関わってくる。がんだけじゃなくて、いろいろな医療分野でまだまだできる事はたくさんあると思う。その具体的な研究内容を私たちがわかる言葉で説明してもらえたら、誰しも応援したくなる!と言うのが人情ではないでしょうか。

 

だからその視点、つまりは科学者と一般の間のコミニュケーションを密に!と言う視点は非常に私は気に入りました。私ももっと、いろんな研究の話を聞いてみたいよ!(そのかわり、文系人間にもわかるようなコトバでね♪)

 

そして最後。質疑応答では主に高校生からの質問を積極的に受け付けてくれました。これはすごくよかった。3名の高校生から、素晴らしい質問が飛び出しましたよ。

 

◆Q1:大学で研究をしたいと思っているけれども、どういう研究をしたらいいかまだ全然わからない。先生はどうやって決めましたか?

→常に「自分が本当にやりたいのは何か」を考えながら過ごすこと。

 

◆Q2:医療で寿命を延ばすということに、先生はどうお考えですか?というのも祖母が抗がん剤の副作用でとても辛い思いをしていまして…。

→心配いりませんよ、人間は必ず死にます。だから自分はどういう死に方をしたいか。それを若い時から考えることこそ大事です。寿命は限られているし、だからこそ医療の本当の使命は予防すること。病気のほとんどは「治る」もので「治す」ものじゃない。医師はその「治る力」を邪魔しないことが大切。そして医学は未発達でわからないことがまだまだいっぱいあるのです。

 

◆Q3.自分は地学の基礎研究をやりたいと思っているが、それはあまり人の役に立ちそうなものではない。そういう基礎研究を目指す学生へのメッセージをお願いします。

→とにかく良い先生を選ぶこと。日本中、いや世界中探してでも。自分の大学の先生じゃなくてもいいから、いい先生を選ぶことです。

 

うーん。高校生のまっすぐな質問、とてもいいですよね。そして本庶先生はそれぞれに即答されていて、さすがだなぁと。

 

本庶先生からは、司会者から最後に高校生へのメッセージをお願いします、と振られ、

 

◆自分の頭でものを考えること。先生の言うことばかりを聞かない。先生に「それは違うんじゃないですか」と言う位じゃないと、先生の事は超えられませんよ。そして、きちんと人と議論をすること。喧嘩を口でやる、ディベートでやること。そういう文化が育つことが日本のあらゆるセクターで必要だと感じています。

 

…と締めくくられました。

 

前半の専門的な免疫療法の話ももちろん良かったけれど、科学者としての先生の思いとか、日本の問題とか、これまでなんとなく伝え聞いていた研究費不足・大学教授は貧しいと言う話は非常によく理解できました。

 

結局日本はこのことに対してどんなふうに対応しようと思っているんでしょう。国も企業も、そして学生たちも、どんなふうに思っているんでしょうね。いろいろ聞いていて、優秀な日本の頭脳がどんどんアメリカなどの国外に流出してしまうのね、とストンと納得できました。でも、それでいいのかなぁ。わたしは今までこのことをそれほど真剣に考えたことがなかったから、自分なりの考えなどというものにはまだ至ってないけれど。一つ言えることは、思い切り研究をやってみたいと思っている若い学生さんが、自分の国・日本でそれを叶えられないのは、もったいないことだと思うのです。海外に出るのはお金もかかるしね。日本にだって設備があり指導者がいるのであれば、あとは研究費用さえなんとかなればいいんでしょう?ここはやはり、ZOZOの社長とか孫さんとかに、もっともっと研究費をお願いするのが良いのかしら?

 

私は自分ががんになったから、こういうネタに対するアンテナが立って今回聞きに来たけれど、そうでなければ自分はここにはいなかったと思います。そして、このようなことを考えるきっかけもなかった。と言うか、普通に考えて、ノーベル賞受賞者のお話を直に伺える機会はそうそうないですよね。貴重な時間だったなぁ…と振り返りを書いて、いま改めてこの経験に感謝をしています。

 

本庶先生が語る「がんの未来」が現実となり、がんとの共存が(苦しくなく)出来るようなりますよう…

 

研究者の方々にはこれからもよろしくお願いします、と申し上げたいです。

 

そして富裕者の方々には、研究者の方々への支援をよろしくお願いします、とがんサバイバーの一人として申し上げたいです。

 

最後にリンクもう一回貼っておく(笑)

www.kikin.kyoto-u.ac.jp

 http://www.kikin.kyoto-u.ac.jp/contribution/nobel/ 

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